甲州弁「かじる」の意味
山梨の方言の甲州弁における「あるあるネタ」の一つが、「かじる」と「かく」のすれ違いではないでしょうか。
僕も、上京して3年ほどは、「かじる」という言葉が方言だと知りませんでした。
家族や地元の友人同士で普通に使う「かじる」は、もちろん背中を「かじる」、足を「かじる」など、かゆい部分を「掻く」という意味です。
そう、山梨の方言では、「かじる」は、「木の実をかじる」のような「歯で噛む」という意味以外に、「背中をかじる」のように、「掻く」という意味でも使います。
この「かじる」を「掻く」という意味で使うことが方言だと初めて知ったのは、東京出身の友人と電話で話していたときのことでした。
電話中に、友人が何気なく、「背中がかゆいんだよね」と言った際、僕は反射的に「かじればいいじゃん」と言いました。
その言葉に、友人は、笑いながら、「かじれないよ」と返し、僕はなんの抵抗なのかと疑問に思いながら、「いやいや、かじりなよ」とさらに一押しします。
友人も、ちょっと無茶振りだとでも思ったのか、「かじれるわけないでしょ、届かないよ!」と多少強い口調になり、「さすがに届くでしょ!」「届くわけがない!」という応酬になります。
もはやすれ違いコントのようです。
電話だから余計に「かじる」に込めた意味が伝わりづらく、複雑にこじれたのでしょうが、この手のすれ違いは、山梨県民にとっては結構「あるある」なのではないでしょうか。
先ほども説明した通り、甲州弁で「かじる」は「掻く」を意味し、割と日常的に使用します。「かじくる」と言うこともあります。
標準語では、「かじる」とは「齧る」であり、辞書的に言えば、「硬いものを前歯で少しずつそぎ取る」ことを意味します。りんごをかじったり、ねずみが柱をかじったりする、というときに使います。
だから、友人が、「背中をかじる」というときに想像していた映像は、ぐるっと体をねじって背中にまわり、がぶっと自分の背中に噛み付く、超絶軟体人間のような姿だったのでしょう。
明らかに僕の描いていた、「背中をかじる」図とは違ったようです。
なぜ、甲州弁で「掻く」を「かじる」というのか、その由来は分かりません。
ただ、感覚的に、「掻く」と、方言の「かじる」は、全く同じ意味というわけではなく、「掻く」よりも「かじる」のほうが強く、ボリボリと強めに掻く、というイメージです。
また、「かじる」よりも、さらに「かじくる」のほうが、いっそうえぐり取る感覚に近いように思います。
甲州弁について書かれた、五緒川津平太さんの『キャン・ユー・スピーク甲州弁?』という本でも、「かじる」と「かく」のニュアンスの違いに関して、次のような我が意を得たりの解説があります。
甲州弁の感覚で言わせてもらうと、「かく」よりも「かじる」の方が力が強い。ちょっと失敗して「エヘヘ」と頭をかくときは「かく」、頭がかゆくてかくときは「かじる」、と使い分けている。「背中かいてぇ」なんていうのは大してかゆくないときに使う言葉だ。本当にかゆくてたまらん時は「背中かじって!」と言わなきゃ伝わらないのだ。
出典 : 五緒川津平太『キャン・ユー・スピーク甲州弁?』
標準語で「かじる」というのが、歯でがぶっと噛む、という意味であることを考えると、爪を前歯に見立てて「かじる」という表現を使ってきたのでしょうか。
また、「かじくる」という言い方から連想するのは、「ほじくる」です。
この「ほじくる」という言葉は、別に方言ではありませんが、「かじる」と「かじくる」の関係性は、「ほじる」と「ほじくる」の関係性と、ニュアンス的に似ていると言えるかもしれません。
ちなみに、甲州弁だけでなく、静岡や長野の方言でも、この「かじる」は、「掻く」の意味として使われているようです。
「かじる」は「(かゆいところを)掻く」という意味。山梨県を中心に、静岡県や長野県など、隣接県の一部地域でも使用されています。
●他県出身の彼氏に「背中かじって」と頼んだところ、口で「ガブッ」とかじられました。その彼氏とは、無事ゴールインしました。(山梨県在住/20代女性)
Twitterで「背中 かじる」で検索すると、ちょいちょい出てきますが、たぶん、全国共通だと思っていた甲州弁ランキングで上位に入るのではないでしょうか。